レントに入ったので、
という訳でもないのだけれど、ちかごろ、森有正を集中的に読み返している。
知識の領域に入ってしまったものは、それを精細にきわめて、それが感覚と接しているところまで出なければならない。それ以外の道は不可能である。これが近代の悲劇であるが、それを完全に生きつくさなければならない。マラルメ、ヴァレリー、古くはレオナルド。アランもこの道に徹した。一切左顧右眄の要はない。深く深くわけ入るだけである。他の道は一つもないのだから。
これは唯一つしか目的はない。凡ての出発点である純粋感覚に到るためである。見るに到るためである。これが学の道であり、その後に真の創造がはじまるのである。だから大変なことである。
この「感覚の解放」ということを真剣に考えなければならぬ。プラトンも、デカルトもそれを考えた。カントもフッサールもそうである。しかし結果は自ら別である。それは分析的に進むより仕方がない。ヴァレリーの「ダ・ヴィンチ方法叙説」の本当の意味はそこにある。モンテーニュの意味もそこにある。
感覚の解放は、千古不動の自然と直接させる、ということではない。感覚の解放そのものの中に自然が含まれていて、同時に解放されるのである。だから全くアフェクティフなものである。芸術の変化はこのことを実証している。だから模倣とか、模型とかいうことは全く意味をなさない。
言葉で自分の崩壊を補おうとする悲惨と愚鈍の極致。これにおち入らないようにするのは修養などで出来ることではない。自分のなかの分析を一歩一歩すすめて、僅かでも感覚の純粋状態に近づくようにすることである。これは一つの「規律」を必然的に生み出す。1
この一説を読んだときに、よい民藝の解説があるな、と思った。以前も書いたことですが、近代という時代が「新しいもの」を志向する時代であったとすれば、その中において民藝運動もまた「新しいもの」「創造」をもとめた美術運動であったことは疑いない。しかし、この運動は、柳宗悦という人を得て、ほかとは少し違う道を選んだ。それはいわば「新しいものを志向するのは新しくない」という視点の導入である。近代は、近代自身を否定することすら可能にした、という意味での近代性を導入した。
つまり、民藝というのは下手を志向することではなくて、どう足掻いても下手である自分をうまくなりたいという葛藤のまま肯定することであり、美しいものに囲まれて暮らしたい、という欲望を、美しいものだけに囲まれたいという欲望は美しくない、と視点を一つ引き上げる、美を捨てた美への希求だ。つまり、矛盾を受け入れることだ。どうあがいても下手の自分を肯定しつつ、その仕事を精緻に高めていくことによって、仕事自身が達成しうる可能性の高みを目指すこと。そのために仕事に手を口を出そうとする自分を無くそうとすること。それが柳が言った民藝であっただろう。河井はその点を深く理解していた。まさに「仕事が仕事をしています」である。
そういう意味において、森有正がここで書いている「模倣・模型」と、柳がいう模倣は違う。柳がいう模倣は、この森の文においては最後に書かれている「規律」と同一である。これを柳は模倣ともいい模様ともいい仕事とも呼んだ。「反復が自由に転じ、単調が創造に移るとは、運命に秘められた備えであろう。働きこそ救いへのよき準備である。正しき工藝は労働の賜物である。」(『工藝の美・一三』)という柳と森は、このとき同じ場所に立っている。
「自分の目で見る」ということが何とむつかしいことか、いくら目をこらしてもだめである。過去の自己の解体がはじまらなければだめである。2

