Reblogのついでに思い出したこと。

こどもの頃、なにか欲しい物があるかと聞かれると、本買って、と常にこたえるこどもだった。風邪を引いて寝込めば本、どこかに旅行にいくときも本、しまいには親と駅前の本屋との協定により、掛け買いで本を買っていいことになった。ある年の誕生日に、福音館書店の古典童話シリーズを揃えで買ってもらったときはその装丁の立派さに、もう自分はこれくらいの本が読めるのだと親に思われている、と思い、こどもながらの自負心で誇らしく思った。特に好きではない、というものもあったけれど、なんといっても『西遊記』の瀬川康男、そして『海底二万海里』のA・ド・ヌヴィルの挿画が本文を読むことをとても楽しくしてくれて、この二冊におりおり戻りながら全部読み通し、大きくなっても相変わらず時々手にとって読む。その後、吉田健一の『思い出すままに』におさめられている「本を読むというのは…」という文章を読んだ時、こどもという時代の暗さ(それは僕自身の境涯が不遇であったという事ではなく、こども、というものの暗さそのものとして)と、だからこそ本を読むということが明るさにつながっていた、という感覚を思い起こされて、はっとした。