This is it.

今までさんざん好き勝手な解釈を繰り返して他者を批判してきたひとが、言っていることの誤りを他者に指摘された際に改めるのではなく、そんなことはどっちでもいいんだ、理屈を言うな、大事なことは…、などといって自らの過ちを有耶無耶にしたうえにつまらない経験譚で上塗りすることがある。この仕事においてもそれは多い。

僕らがやっているような仕事は思い込みの強い人が多いようで、そのような方々からたくさんの主張を聞かされて、少なくとも僕は、「デザイン」に疲れ、「手仕事」に疲れ、「職人」に疲れ、「民芸」に疲れ、そしてそれらの中にある「権威と普遍」に疲れきっている。そしてその上で、仕事というものに対して飽くことを止まない。なぜならば、日々の仕事のなかで、これが民藝だ、これが工藝だ、そういえる一つ一つに出会えているから。This is it. こいつが、それですよ。この人を見よ。そう日々言い続けていられることに感謝する。

論文を書いたりすることについて、どうして民藝について調べているのですか、民藝とはかほどに魅力的なのですか、といった主旨で聞かれることが多いのだけれども、単にそれだけではない。仕事をはじめた時、皆が民藝という言葉をそれぞれの意味で使ってるのを見てよくわからないと感じたからだ。

だからこそ、本来「民藝」という語がどのような社会状況や要請から生まれたかを調べ、正文批判のうえで原テキストを読み解くことによって、適当に捉えて得手勝手な文脈で用いてる人をおちょくりたいなと思い、調べ物をはじめた。柳先生はこういった〜、などとしてはじまるお説教を、いやしかし柳は本来それをこういう意味において用いている、それについてより詳しく語っているのはこちらであり、そこでこう述べられている、当時の状況としては…などといって揚げ足を取ることが、単に、楽しい。”Pluralitas non est ponenda sine neccesitate(必要以上に多くを仮定するべきではない)”というウィリアム・オッカムの言葉に従うならば、柳の言葉と相手の言葉とを切り分け、相手が言いたいことが結局ただの説教であることを、説教する自分を高めたいだけであることを明らかにしたいだけなのである。だからといって自分が正しいなんて主張する気は毛頭ない。

ここ(引用者註:法然による「念仏行」の選択を指す)に到達するには二つの著しい内省があったのは言うを俟たぬ。一つは自己についてであり、一つはこの世についてである。前者は自己の小ささに対する深刻な内省である。後者は濁悪に沈む今の世の痛感である。これはやがて「誰よりも悪い自分」ということであり、「どの時代よりも今が末法の時だ」という自覚なのである。(中略)仏法には既に立派な聖道の諸宗があるのである。だが自分の如き下根の者にはその道を進む器量がない。それは聖道門を罵ることではない。自分には分に過ぎる道だという内省なのである。聖道門を捨てて浄土門を選択したのはここに発する。(柳宗悦『南無阿弥陀仏』第十五章「行と信」)

偉そうに僕も柳「先生」の言葉を引いたけれども、ここで語られている「誰よりも悪い自分」が「末世」に生きる困難さについては、日々自覚せざるをえない。間違っていると思われるひとに向かって正しさや強さを口にすることで、僕自身がそのようなひとと同じ顔つきや振る舞いをしていることに、時々、気がつくから。そんな時、むしろ弱さを、ささやかに這いつくばって暮らすその小さな生をこそ、誇るしかないなあとぼんやり思う。そしてそんな弱さの中では、こだわりのある暮らし、などというのも無理だな、とも思う。柳に風、とでもいった緩やかな動きをこそ求めたい。

なので僕は「正しいもの」として、店のものを提示したくない。正しくない僕から、正しくないものを、正しくないことへの自信を持って、来てくださる「正しくない」方に渡したい。風向きに応じて変わり続けることに於いて変わらない、こだわることにこだわらないし、こだわらないことにもこだわらない、そういう日々であり、店でありたい。